亀甲文字

私の姪であった羅美は、中学の頃古本屋で文庫本を漁るのが趣味であった。将来は作家になりたいなんてほざいていたが。「古本屋に行って来るから、お金を頂戴」なんて言うのだから、「いったいどんな本が欲しいのかい」、と聞いたら方丈記だの夏目漱石だの結構オオソドックスな本ばかりだ。「そんな本だったら全部俺が持っているから適当に持って言っていいよ」というと「それは困る」と言う。「どうして」と聞くと俺の持っている文庫本は旧漢字だから読めないのだそうな。小中高校生で文庫本を買いあさったのは私も同じだが、私自身も学校では新漢字しか習っていなかったんだよ。でも文庫本や全集本を含む全ての本は、私の大学時代まで旧漢字のままだったと思うのだが。いつの頃から文庫本が新漢字になったのか私は全く知らないのだが、確かに駅で買う若い人達が書いた本は、いつの間にからか、もう新漢字だよね。古い作家達の文庫本も、再販のたびに少しずつ新漢字に改められていったらしいのだが、羅美に言われるまでは全く気がつかなかった。読んでいる時に、旧漢字か新漢字か考えて読んでいるわけではないモンね。

 

私がドイツに留学していたときに、ドイツでお世話になっていたドイツ人のファミリーに、日本から持っていったドイツ語の本を見せた。なんとこれが亀甲文字で書かれていたんだよね。ドイッチェのパパ、ママが、これがもう、すっかり忘れたとかで、全く読めなくって、「これなんだっけ。」と一文字一文字奥さんと相談していた。その頃はまだドイッチェのばあちゃんも生きていたから(留学中の2年目ぐらいに死んだ。)ばあちゃんだったら読めたのかな?二世帯住宅で別部屋に住んでいたので話は聞けなかったが。

亀甲文字のことをフラクトゥールと呼ぶそうな。おしゃれなので子供達の発表会のプログラムの表紙では、いつもお世話になっているのだが、いつの間にか書かれている単語は、文字はドイツのフラクトゥールでも中身の単語は英語に変わっていた。要するに子供達の父兄はタイトルがドイツ語で書かれたら意味が分からないから、と言う事らしい。私もいまさら、『ドイツ語にしなさい』とあらためて注意する気はないけれどね。

ハイツ(私の自宅)の本棚を調べてみると、亀甲文字(フラクトゥール)で書かれた本は、今私の手元に残っているのは医学の事典とE・T・A ホフマンの原語の小説がある。勿論、原文で(しかもフラクトゥール)で書かれているので、とても読めたわけではなく、ただのディスプレー的な存在で、本棚の肥やしにしか過ぎない。

 

同じドイツの文字でも、日本の草書に近い花文字と言うのがある。ミュンヒェンの中心に花文字専門の名刺屋があってとても繁盛していた。私も当然作ってもらったのだが、読める程度から、全く何が書かれているのか分からない程度に崩されたものまである。私は比較的簡単に読める程度のものにしてもらったのだが、それはそれで、とても美しい。場所さえ分かれば今でもドイツのその店に海外発注したいぐらいである。日本では草書の名刺と言うのはないのかな?パソコンで作っても(印刷しない限り)パソコン上ではフォントが無ければ見れないんだよね。

一静庵座主拝